2022.10.26 (水)TOPICS法学部

「第16回法学部研究発表会」開催報告

10月19日(水)、「第16回法学部研究発表会」にて法学部2名の教員による研究発表が行われました。
発表者と題目、発表要旨は以下の通りです。

【発表者1】木崎 峻輔 准教授

題目:自招防衛に関する裁判実務の現状

 相互闘争状況における正当防衛の問題について、被侵害者の挑発行為が相手方の侵害を招致した自招防衛の事例では、平成20年決定で示された事案の処理基準が用いられた。
それ以外の相互闘争状況の事例では、被侵害者が相手方の侵害を予期して凶器を準備したり、相手方の元に出向いたことにより暴力的闘争が発生した事案がある。

 この事案においては、平成29年決定で示された事案の処理基準が用いられ、平成20年決定の判断枠組みでは侵害の予期などの主観的事情は一切考慮されないが、平成29年決定の判断枠組みでは侵害の予期が不可欠な前提とされ、両判例は全く異なる理論に基づくものと解する見解が一般的である。
 しかし、相互闘争状況における正当防衛の事案の処理の指針となる両判例を理論的に全く異なるものと解して、両判例の処理基準を明確に使い分けることは本当に必要であるのか。

第16回法学部研究発表会(木崎峻輔先生)

木崎 峻輔 准教授
本学では、「刑法総論」「刑法各論」「法学」等の授業を担当。
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 まず、現在の下級審裁判例において、両判例の判断基準は明確に使い分けられていない状況にある。すなわち、自招防衛が問題になった事例でも、侵害の予期又はその可能性や、侵害の回避可能性が考慮されている事案が多数存在する。これらは、平成29 年決定で示された事案の処理基準で考慮される事情であり、この点において平成20年決定と平成29 年決定の判断基準の区別は相対的なものになっている。
 逆に、自招防衛以外の相互闘争状況の事案においても、正当防衛状況の判断に際して被侵害者の侵害招致行為が考慮されており、侵害招致行為という事実は凶器の準備や相手方の元に出向く行為などの他の暴力的闘争を志向する行為と区別された特別なものではない。

 また、そもそも平成20年決定で示された自招防衛の事案の処理基準も、平成29年決定で示されたその他の相互闘争状況における正当防衛の事案の処理基準も、いずれも喧嘩闘争を理由として正当防衛を制限する初期の最高裁判例を具体的・論理的に説明する形で発展して生まれたものである。両判例における問題の本質は、被侵害者の暴力的闘争を志向する態度を理由として正当防衛を制限するという点で共通する。そして、両判例の事案の処理基準を全く異なるものとして扱うことは、両判例の中間的な事案の処理はどうすべきかなどの問題を生じさせることにもなる。

 そこで、両判例で示された事案の処理基準を、本質的に異なるものとして、明確に使い分けることは不要であると解するべきである。

 

【発表者2】木村 健登 講師

題目:米国D&O保険契約の『謎』:なぜ準拠法選択条項が含まれていないのか?

 本報告では、報告者の主たる研究テーマであるD&O保険(役員等賠償責任保険)に関して、比較対象国として参照されることの多い米国における最新の論点についての紹介・検討を行った。

 米国においては、各州の議会がそれぞれ立法権を(一部例外を除き)保持していることから、契約準拠法の特定をめぐる紛争リスクが存在する。一般にこのようなリスクに対しては、あらかじめ契約中にchoice-of-law clause(準拠法選択条項)を盛り込んでおくことによって対処されるのが通例であるが、その重要な例外として、保険契約においては多くの場合、そのような準拠法選択条項は含まれていないとされる。そして、2021年のMurdock判決[Rsui Indem. Co. v. Murdock, 248 A.3d 887 (Del. 2021)]において、このこと(準拠法選択条項の欠落)が保険会社の側に不利な結果を招いたこともあり、米国においては実務家らを中心に、今後はD&O保険契約についても準拠法選択条項を導入していくべきだとの主張がなされ始めているが、そもそもの疑問として、保険会社はなぜ、これまで自社の契約中に準拠法選択条項を含めようとしてこなかったのであろうか。

第16回法学部研究発表会(木村健登先生)

木村 健登 講師
本学では、「法学」「企業法概論」「有価証券法」等の授業を担当。
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 このような「謎」に対して、米国の学説上は、①保険契約分野における「中立法」の不存在、および②先行者不利益(First-Mover Disadvantage)の問題の二点が主な理由として指摘されている。そしてこれらの指摘は、報告者の検討したところによれば、本報告が検討対象とするD&O保険契約にも(程度の差こそあるものの)基本的には同様に妥当するものと考えられる。

 以上の理解を前提に、これら各事情によってもたらされる抑止効果に鑑みれば、今後の米国において、保険会社が自らの側に有利な内容の(具体的には、ニューヨーク州法を準拠法とする)準拠法選択条項の導入に成功する可能性は極めて低く、仮に当該条項の導入に成功するとしても、その内容は基本的には保険契約者の側に有利なもの(具体的には、保険契約者の本社所在地の州法を準拠法とする)となる可能性が高いのではないかとの見通しを示し、本報告の結びとした。
 

<質疑応答の様子>

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