エッセイ

「街場の寿司屋の観光立国」(2025年4月7日掲載)
中央学院大学 現代教養学部 教授
中川 淳司
年の瀬も押し詰まってから家内と二人、京都に旅行するのが恒例となっている。昨年暮れも、定宿の二条城近くのAホテルに滞在して、街歩きを楽しんだ。チェックインしてからホテルのプールでひと泳ぎし、サウナで汗を流してから、これも行きつけのホテル近くのK寿司さんを訪ねた。古希を過ぎた大将とおかみさん、息子さんと焼き物・洗い場の手伝いさんが二人、気の置けない街場の寿司屋である。大将手作りの鮒寿司に舌鼓を打ち、炙り穴子と鯖のきずし(生寿司)に茶わん蒸しで熱燗をやってから、お任せで握ってもらい、大満足でホテルに戻った。勘定は東京の寿司屋の半額といったところである。でも、値段が手ごろで味が良いから通うようになったわけではない。

寿司を握るのは大将一人である。でも、この店を支えているのは、実は息子さんである。英語が大好きで、大学もその方面に進み、英語の教員資格を持っている。彼がこなれた英語で外国からのお客さんを気持ちよくもてなし、捌く。私たちが晩酌と寿司を楽しんでいる間もひっきりなしに電話が入り、息子さんが英語で応対する。「・・Yes. What time and how many?・・O.K. We’ll be waiting for you.・・Bye!」

気が付けば、ほぼ満席の店内で、私たち以外は皆海外からのお客さんだった。「おかげさんで、トリップアドバイザーで5つ星もらいましてな。こないだは市内の寿司組合が見学に来ました」と、大将が問わず語りに教えてくれた。「自分は70で引退するつもりやったんやけど、息子がもっと頑張れ言いましてな。」そやそやと息子さんがうなずく。
京都市の寿司組合が見学に来るのも無理はない繁盛ぶりである。でも、K寿司のビジネスモデルを真似るのは容易なことではないだろう。大将の握るような値ごろでうまい寿司やつまみを出せる店は他にもあるだろう。しかし、息子さんの分け隔てのない気持ち良い応対を、それもこなれた英語で提供できる店は、京都広しといえどもまず見当たらないのではないか。
満足した客はSNSに好意的なコメントを寄せ、そのコメントを読んだ外国からの客が店を訪れて感動し、SNSに重ねてコメントする。カウンターで私たちの隣に座ったお客さんはメキシコから来た。SNSで「京都に行ったら必ずK寿司に」と教わったとのこと。この好循環を、自前の土地と店で家族主体で地道に営業するお店の暖かな雰囲気が支えている。観光立国の秘訣は案外このような単純なことに尽きるのではないかと思う。

今回、初めて息子さんから名刺をもらった。そこには誇らしげに「K寿司三代目」と肩書が書かれていた。心強いことである。お店は安泰。私たち夫婦の暮れの楽しみも続くことだろう。