キャンパスライフ
Campus Life

入学式

令和3年度入学式

令和3年度入学式が令和3年4月2日(金)に本学体育館で行われ、大学院商学研究科、商学部、法学部、現代教養学部あわせて809名の新入生を迎えました。

今年はコロナウイルス感染症拡大防止対策のため、式典を午前と午後の2回に分け、また出席者を新入生のみとして保護者の方の入構はご遠慮いただきました。式典も、開式、告示、学長祝辞、閉式のみと、短時間での開催となりました。(市川学長の式辞は以下に全文を掲載しております。)

式典の後には、プライムセミナー(新入生向けガイダンス)が行われ、授業の履修に必須となるシステム(CGUポータルやTeams)の使い方、また学部によっては英語や情報のクラス分けテストが行われました。

令和3年度入学式01

学長式辞
本日、中央学院大学に入学されるみなさん、ご入学まことにおめでとうございます。理事長、学部長をはじめとする教職員一同とともに、みなさんのご入学を心よりお慶び申し上げます。

中央学院大学が商学部の単科大学として1966年に開学し、その後、法学部、大学院、そして現代教養学部が増設されて以来、今年で商学部は56回目、法学部は37回目、そして大学院は16回目、現代教養学部は5回目の入学式を迎えることとなりました。今年もこのように、多くの入学者を迎えることができまして、たいへんありがたく思っています。

令和3年度入学式02

現在、新型コロナウイルス感染症は依然として収束の気配を見せていません。このため、感染予防対策から、例年のように、新入生のみなさんが一堂に会し、さらに保護者をはじめとしたみなさまの参列と祝福を得た入学式を挙行することができず、本学としてもまことに残念ではありますが、このような形で開催させていただきました。

みなさん自身もこの一年、コロナ禍という、全世界がこれまで経験をしたことのない大きな波にのまれ、日々の生活、学校での勉強、そして何より受験勉強が思うようにできず、さぞかし不安な日々を送られてきたことと思います。しかし、それを乗り越えて本学に入学されたみなさんを教職員一同心より歓迎いたします。

さて、中央学院大学の開学は1966年と言いましたが、その母体が創設されたのは、121年前にさかのぼる1900年、明治33年のことで、東京、日本橋に作られた日本橋簡易商業夜学校という夜間の学校が起源となっています。

明治期の文明開化の下、急速な西洋化・近代化を進めていた日本は、七つの海を支配すると言われていたイギリスとの関係を重視して日英同盟を結ぶほどになっていました。その一方で外国の文化を取り入れるため、多くの日本人をイギリスをはじめとするヨーロッパの国々に留学させていました。

このような時代背景の中で、本学の創設者の一人である高楠順次郎は、未来への大きな希望に燃え、1890年、24歳の年に、単身でイギリスへと渡っていきました。オックスフォード大学で学位を取った後、さらにドイツ、フランスの大学で学び、およそ7年後に日本に帰国しています。

近代化の洗礼を受けてきた高楠は、「教養と倫理観」を身につけた商業人の育成が必要であると考えました。そして「誠実に謙虚に生きよ 温かい心で人に接し奉仕と感謝の心を忘れるな 常に身を慎み反省と研鑽を忘れるな」という言葉を残し、新しい商業学校の設立に夢を託しました。

この高楠の言葉は商業という一つの目的にとどまることなく、普遍性を持った言葉として、今に至り、本学の建学の精神である「公正な社会観と倫理観の涵養」の中に脈々として生きているのです。若き時代に未来に向かって羽ばたいていった高楠のこの言葉を、そしてそこから生まれた本学の建学の精神を、これから中央学院大学の学生となる者として、ぜひ記憶にとどめておいてください。

高楠が留学したオックスフォード大学は、11世紀に設立されたイギリス最古の大学ですが、これに継ぐ歴史を持つケンブリッジ大学が13世紀に設立されています。そして、この大学で、高楠と同じ年の1890年に18歳で学び始めたバートランド・ラッセルという人物がいました。ノーベル賞を受賞しており、日本でも知られている数学者であり哲学者です。

このラッセルの言葉の中から少し引用させていただいて、みなさんにこれからの「学び」ということについて考えていただければと思います。

よく「知性」という言葉をよく耳にするかと思いますが、ラッセルはこの「知性」を単に実際の知識そのものだけでなく、知識を受け容れる力の二つを含むものだと考えました。そしてまたそれは「獲得した知識のことではなくて、知識を獲得し、知識を受け容れていこうとする態度」だとも言っています。ところが残念なことに無知な人というのは自分の精神的態度、つまり思考の仕方を変えられた経験がないために、頑固にその態度を変えようとせず、「当然疑うべきところで真に受けてしまい、受け容れるべきところで信じようとしない」と言っています。よく知られた四字熟語の「頑迷固陋」を思い出していただくと分かりやすいかもしれません。

知性とは知識そのものと、さらに、知識を獲得しようとする態度の2つが密接に関連性を持っているということでした。そして知性はこの「複雑化した現代社会の存続と、進歩のためにも必要」であり、その重要性を認めているのです。

では、知性を育むものは何だというのでしょうか。ラッセルはそれを「俊敏・機敏な好奇心(たえず好奇心を働かせていること)」だと言います。しかしこの「好奇心」は、よくあるような「人の噂話を嗅ぎ回る」ような類いのものではないと言います。正しい意味での好奇心は、純粋に知を愛する気持ちに刺激されて生まれてくるものだと言います。

しかし、悲しいかな、人は、年をとるにつれてその好奇心が衰えていき、見慣れぬものに対して嫌悪感しか感じなくなるとも言うのです。

みなさんのこれからの4年間は、その「見慣れぬもの」への一種の冒険と言ってもいいと思います。ラッセルが言っているように、今みなさんの中で輝いている知的好奇心を存分刺激して、ぜひ新しいものを見つけてみてください。

みなさんの左手に座っている先生方が、柔軟な知的世界、自由な思考の世界へと導いてくれます。その世界の中で、ぜひ問いを学ぶ姿勢を深めていってください。知的好奇心を持つことで、物事に果敢に挑む、積極的な大学生活を送ってください。その姿勢はみなさんの一生にわたって人生を充実させてゆくものとなるのです。

ラッセルがノーベル賞受賞者ですので、やはり、高楠やラッセルとほぼ同じ年代を生きた、ノーベル賞受賞者アルバート・アインシュタインの言葉も引用したいと思います。アインシュタインも、「大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない」と言っています。そして「学べば学ぶほど、いかに自分が無知であるかをつくづく知るものだ」とも言って、学びの境地を語っています。

さらにもう1人、やはり同時代のノーベル賞受賞者でイギリスの劇作家ジョージ・バーナード・ショーが、「間違いばかりで、すごした人生は、何もしなかった人生と比べると、自慢できるだけでなく、有益でさえある」と言ってみなさんの果敢な冒険の後押しをしてくれます。

おそらく高楠も知的好奇心に導かれるままにヨーロッパに留学したのだろうと思います。みなさんもぜひ高楠を始めとする先人たちのように、好奇心にあふれた四年間を過ごし「自ら考え、未来を切り拓いてゆく人材」となってください。心より期待をしています。

本日はご入学まことにおめでとうございます。
 
中央学院大学
学長 市川 仁

令和3年度入学式03

令和3年度入学式10

令和3年度入学式09

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令和3年度入学式07

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令和3年度入学式05

令和3年度入学式08

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
大学生活で様々なことに挑戦し、実りある4年間となりますよう、私たち教職員も皆さんをサポートしていきます。